ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために
4・21派遣切りとたたかう仲間の交流集会での発言を掲載しています。
「20年近く働いています。アルミサッシの製造は、毎年、冬に入ったら仕事が減っていきます。5月から10月、通常は仕事が増えていくはずですが、去年の11月から、外注や岐阜工場などに仕事を回し、さらに減りました。日本はオリンピックを誘致し成功させることを心配しているようですが、みなさんの周りのことをもっと心配してほしい。オリンピックはすばらしいことですが、もっと大事なことがあります。生活のことです。一緒にがんばりましょう」
「組合を立ち上げ1年半。団交も繰り返してきました。雇用は保障すると言っていましたが、解雇となりました。病院のため、仲間のため、そして、なにより患者さんのためにがんばってきました。納得いくまでたたかいます!」
「当事者であるセルテックの布村さんは、まだ日本語よりポルトガル語が得意なので、私が話します。滋賀労働局に申告もしました。適正な請負ではなかった、直接雇用を推奨する、という言い回しの表現でしたらが、私たちの主張が認められました。しかし、文書では明らかにできないということも言われました。派遣先も派遣元も、この是正に対する答弁書を出す予定だそうです。今後も裁判でたたかいます。日系ブラジル人のみなさんが、同じような目にあっています。健康保険、年金など入る資格がないとも言われてきました。めげずにがんばって行きたいと思います。」 セルテック支部の布村さん(写真左)は「日本に来て、帰化して、結婚して、子どもも二人います。ずーと日本に住む気持ちでした。派遣で9年間も働いていて、有給休暇もなかった。直接雇用を実現するまでがんばります」
「12月末に解雇されました。当時は、労組が早朝宣伝していることも知りませんでした。門を過ぎたところでビラを回収していました。勉強不足で、なんだかおかしいとは思いましたが、そこまででした。そして、派遣切りにあい、ハローワーク通いになりました。同じような顔の人がたくさんいることに気がつきました。解雇とか雇い止めとか、恥ずかしくて声にできませんでしたが、ハローワーク前では自然と愚痴がこぼれました。そこで原告団ということで14名で立ち上がりました。雇用と、生活の保障を求めてたたかっています。現在は16名になりました。各自、学習や決起集会にすすんで参加して、自分たちがやられた大企業の横暴、自動車部品以下の扱い、そして派遣切り以来の生活の激変を訴え、山口県内を走り回っています。派遣労働者は契約書1枚で人生が決まります。みんなバラバラで一匹狼ばかりです。組合活動をとおしてはじめて気がつきました。『ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために』『活動は楽しくよろうね』といわれました。全国のみなさんとこのことを共有したいです。みなさんの取り組みとも交流させていただいて、山口に持って帰りたいと思います。応援してください。がんばります。」
























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